展覧会

杉本博司 絶滅写真

 

会場:東京国立近代美術館 会期:6/16(火)〜9/13(日)

杉本博司《相模湾、江之浦》画像

杉本博司《相模湾、江之浦》2025年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


杉本芸術の原点となる銀塩写真約60点を展観し
今まさに「絶滅が危惧される」その魅力に迫る

さまざまな領域で活動する現代美術作家、杉本博司(1948-)。小田原文化財団 江之浦測候所をはじめ建築分野でも活躍し、日本の古典芸能など舞台芸術の演出では国内のみならずヨーロッパ数都市やニューヨークにも進出。その活動分野は書、陶芸、和歌、料理と多岐にわたっている。
そんな多才な杉本の芸術の原点は、銀塩写真だ。確たるコンセプトに基づく、独自の表現による作品はまた、銀塩写真の技術としても頂点を極めるものであり、写真がデジタルに置き換わった今、その技法はまさに「絶滅が危惧される」ものと言える。

杉本の初期(1970年代後半)から現在に至る銀塩写真約60点が展観されるこの展覧会。写真作品で構成する美術館での個展は、国内では2005年の森美術館以来の開催となる。さらに、所蔵品ギャラリー3階では東京国立近代美術館所蔵の杉本作品全点、また制作の秘密を明かす未公開資料「スギモトノー」がサテライト展示される。
※「スギモトノート」:写真作品制作における、撮影時および暗室での作業工程の覚書を記したノート。1970年代半ばより記録は始まる。

展覧会の見どころ

初公開の新作
「杉本博司 絶滅写真」では初期代表作として知られる〈ジオラマ〉〈海景〉のシリーズ、そして〈スタイアライズド・スカルプチャー〉〈Opticks〉において、初公開となる新作の展示が予定されている。特に杉本のデビュー作として知られる〈ジオラマ〉では、《ポコット族》などいくつかの新作を加えた構成により、1975年のシリーズの始まりからひそかに構想され、半世紀を超えてついに実現に至った、人類史をめぐる深淵なストーリーが初めて提示される。

杉本博司《ポコット族》画像

杉本博司《ポコット族》2025年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


“絶滅”をめぐって

この展覧会のタイトルでもある「絶滅写真」とは、銀塩写真というメディアの終焉と自らの作家活動の終幕を見据えて浮上した主題だという。しかし本展で示される“絶滅”をめぐるヴィジョンとは、それにとどまるものではない。それではいったい何が“絶滅”しようとしているのだろうか? 半世紀にわたって写真というメディアによる表現の可能性を拡張・深化させてきた杉本の作品世界の全体像を見わたす本展において、通奏低音として示される“絶滅”という主題に注目してほしい。

展覧会の構成

初期から近作まで全13のシリーズが3章構成で展示される「杉本博司 絶滅写真」。ゆるやかに時系列に沿いつつ杉本博司の作品世界の展開をたどるものだ。

1章 「時間・光・記憶」

1970年代から80年代に着手され、杉本の評価を確立することになった〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉の3つのシリーズなどにより、作品世界の始まりが紹介される。

〈ジオラマ〉
野生動物の生態をリアルに再現したアメリカ自然史博物館のジオラマ展示を、杉本は大判カメラで精緻に撮影した。すると、動くものの姿を止めてみせる写真というメディアは、ここでは動かない剥製の姿を、あたかも命ある動物の一瞬の様子のように見せる装置として機能した。杉本は言う、「どんな虚像でも、一度写真に撮ってしまえば、実像になるのだ」。現代美術作家、杉本博司のデビュー作となったシリーズ。今回の展覧会では新作を含む、人類の歴史をめぐる作品群が、初めてまとまったかたちで展示される。

杉本博司《アビシニアコロブス》画像

杉本博司《アビシニアコロブス》1980年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


〈劇場〉

自問自答を思考の習慣とする杉本は、次のように自問した。「映画一本を写真で撮ったとせよ」。それに対する自答は、「光輝くスクリーンが与えられるであろう」。一本の映画を始まりから終わりまで長時間露光で撮影することにより、映画の物語は、真っ白に輝く四角い光へと還元される。撮影地に選ばれたのは、映画の黄金時代に建てられた劇場だ。スクリーンの光に照らされて、かつての繁栄を伝える劇場内の豪華な装飾が浮かび上がる。しかし杉本が〈劇場〉に着手した頃、すでに往年の映画館は斜陽の時代を迎えていた。“絶滅”へのまなざしは、すでにこの連作にも現れていた。

杉本博司《U.A.プレイハウス、ニューヨーク》画像

杉本博司《U.A.プレイハウス、ニューヨーク》1978年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


〈海景〉

水平線をはさんで、下半分は海面、上半分は空、それ以外の要素は画面から一切排除されている。この眺めは、数十億年前、地球上に水と大気が発生して以来、変わらずあり続けている。「原始人の見ていた風景を、現代人も同じように見ることは可能か」、自ら立てた問いへの回答として着想した〈海景〉で、杉本は太古の昔へと時間をさかのぼる装置として写真を用いてみせた。1980年の第一作《カリブ海、ジャマイカ》以降、今日に至るまで、杉本は世界各地の海で、完全に同じ構図で水平線を撮影し続けてきた。

杉本博司《カリブ海、ジャマイカ》画像

杉本博司《カリブ海、ジャマイカ》1980年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


2章 「観念の形」

人間の知性や想像力がつくりだしたさまざまな「かたち」を主題とした〈建築〉〈観念の形〉〈スタイアライズド・スカルプチャー〉の90年代末から展開されたシリーズにより、作品世界が拡張・深化していくプロセスが紹介される。

〈建築〉
「私は大型カメラを使い、焦点をボカすことによって、建築が建つ前の、建築家の脳内ビジョンが再現できるのではと考えた」。杉本は20世紀のモダニズム建築をめぐるこのシリーズの撮影において、カメラの焦点距離を「無限の倍」に設定するという方法を採用した。装飾をそぎ落とし、機能や造形的な原理を追究したモダニズム建築は、建築家の想像力が生み出したものであり、資本主義とテクノロジーの発展に支えられた新時代の精神の産物でもある。焦点をボカすことで、そうしたものが形となって出現する様相が浮かび上がる。

杉本博司《サヴォア邸》

杉本博司《サヴォア邸》1998年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


〈スタイアライズド・スカルプチャー〉

「人類の衣服の歴史は人類の歴史そのものと同じほど古い」。身体を保護するためにまとった動物の毛皮に始まる人類の衣服の歴史は、素材やかたちを多様化させ、やがて「装う」こと自体を目的として、その意味や機能を変貌させてきた。ファッションを「人体とそれを包む人工皮膚を近代彫刻としてみる」という視点からとらえたこのシリーズは、身体というもっとも身近な自然と、頭の中から創り出された衣服という人工物が一体化した、ハイブリッドな存在としての人間像を写し出す。

杉本博司《スタイアライズド・スカルプチャー120[クリスチャン・ディオール、Bar、1947]》画像

杉本博司《スタイアライズド・スカルプチャー120[クリスチャン・ディオール、Bar、1947]》2025年 ゼラチン・シルバー・プリント 149.2×119.4cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


3章 「絶滅写真」

この章では、終焉を迎えつつある銀塩写真というメディアの始原にさかのぼる〈前写真、時間記録装置〉〈フォトジェニック・ドローイング〉から〈肖像〉、近作〈Opticks〉まで、6つのシリーズにより、杉本が予見する “絶滅”をめぐるヴィジョンの行方が探られる。

〈フォトジェニック・ドローイング〉
初の実用的な写真術ダゲレオタイプの技術が1839年に公表されるよりも早く、イギリスの学者タルボットはイメージの定着に成功していた。ただしフォトジェニック・ドローイングと名付けられたその原初の写真はネガ像=陰画だった。陰画を再び反転させ明暗の正しい陽画を得るネガ・ポジ法の写真術の完成は1841年。杉本は写真術の黎明に生まれた陰画から、タルボット自身も目にしなかった陽画をつくることを試みた。「銀塩写真の終焉そのものを看取るべく、自ら買って出た葬儀委員長として、写真術の始祖タルボットの陰画を焼くべく、焼き場(暗室)で薬物の匂いを香の薫りと思いなして作業に励んでいる」。

杉本博司《フォトジェニック・ドローイング 017 屋根の輪郭線 レイコック・アビー 1835–1839年頃》 画像

杉本博司《フォトジェニック・ドローイング 017 屋根の輪郭線 レイコック・アビー 1835–1839年頃》2008年 トーニング・ゼラチン・シルバー・プリント 93.7×74.9cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


〈肖像〉

「剥製の白熊が生きているように撮れるのなら、蝋人形も生きているように撮れるだろう」。ロンドンのマダム・タッソー蝋人形館などで撮影された〈肖像〉は、〈ジオラマ〉の系譜に連なる作品だ。そして同時に、写真の始原へとさかのぼる作品でもある。写真がレンズの前にその時存在するものから、そのイメージを写しとるのと同様、蝋人形もまた生身の人間から、その時の容貌を石膏型としてうつしとる技法であるからだ。蝋人形館の設立は1835年、写真術の黎明期に重なる。蝋人形の肖像との対面は、写真の始原にあった、時を止めることへの欲望との対面でもある。

杉本博司《ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ》画像

杉本博司《ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ》1999年 ゼラチン・シルバー・プリント 149.2×119.4cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


〈Opticks〉

17世紀にニュートンが試みたプリズムによる分光実験を再現し、光の色彩を観測した〈Opticks〉は、撮影にポラロイドフィルムを用い、デジタルプロセスを介して画面のノイズを除去したうえで大判のカラー印画紙にプリントするという、杉本作品のなかでは異例の手法による作品だ。冬の朝、東京 の自宅の窓から差しこむ陽光をプリズムで分光し、白い漆喰の壁に浮かび上がる色の海に対峙することから生まれたこのシリーズについて、杉本は「光を絵の具として使った新しい絵(ペインティング)を描くことができたように思える」と記している。

杉本博司《Opticks 087》画像

杉本博司《Opticks 087》2025年 タイプ C プリント 119.4×119.4cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


サテライト展示「劇場・海景・スギモトノート」

「杉本博司 絶滅写真」のサテライト展示として、所蔵品ギャラリー3階では、「劇場・海景・スギモトノート」と題して、東京国立近代美術館所蔵の〈劇場〉〈海景〉から全13点と杉本博司のノートが紹介される。
今回初めて公開される「スギモトノート」は、作品についてのアイディアや、撮影や暗室作業に関するさまざまな情報などを記したもので、杉本博司がニューヨークに移り、現代美術作家として出発した1970年代半ばから始まっている。
映画一本分の光を、白く輝くスクリーンとして浮かび上がらせた〈劇場〉や、太古の昔から変わらぬ眺めとして空と海の接する水平線にカメラを向け、そこから人類の意識の始まりにさかのぼることを試みる〈海景〉など、杉本の作品はいずれも創意に富んだコンセプトにもとづくものであることはよく知られている。
一方で、写真としてのクオリティの追究も、そうしたコンセプトが「作品」として成立するためには不可欠な要素であった。たとえば〈海景〉では完璧なネガを得るため、現像ムラを防止する特殊な攪拌装置を自ら製作するなど、杉本はあらゆる技術的な工夫を重ねてきた。
「スギモトノート」の細々とした記述は、そうした杉本の「職人的」な側面の一端を伝えるもの。 今回はこの「スギモトノート」の実物が展示されるほか、来場者自身がページをめくりながら鑑賞できるレプリカも用意される予定だ

開催記念特別講演会

「絶滅について」
日時:6月20日(土) 14:00〜15:30
登壇者:杉本博司、浅田彰(京都芸術大学教授・批評家)、増田玲(東京国立近代美術館主任研究員)
会場:東京国立近代美術館 地下1階講堂
参加方法:開催当日の10:00より、1階インフォメーションカウンターにて座席番号付き整理券を配布(整理券は定員に達し次第、配布終了)
※参加無料(観覧券不要)
※整理券の配布枚数は一人につき1枚まで(参加者本人が直接受け取ること)
※会場内は全席指定

*画像の無断転載を禁ず

[information]
杉本博司 絶滅写真
・会期 6月16日(火)〜9月13日(日)
・会場 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
・住所 東京都千代田区北の丸公園3-1
・時間 10:00〜17:00(金曜・土曜は10:00〜20:00)
※入館は閉館の30分前まで
・休館日 月曜日(ただし7月20日は開館)、7月21日(火)
・観覧料 一般 2,300円(2,100円)、大学生 1,200円(1,000円)、高校生 700円(500円)
※( )内は20名以上の団体料金
※中学生以下、障害者手帳をご提示の方とその付添者(1名)は無料
※本展の観覧料で入館当日に限り、所蔵作品展「MOMATコレクション」(4〜2F)も鑑賞可能
・TEL 050-5541-8600(ハローダイヤル)
・URL 展覧会公式サイト https://art.nikkei.com/sugimoto/