コラム

温故知新 vol.26
「光の表現について考える」

文=松本亮平

「クロード・モネ— 風景への問いかけ」展を訪れると、風景を包み込む光の表現に目が向く。光の状態が変わるだけで絵の印象は全く別のものになることを実感する。
絵を決定づけるのは描かれた対象物の形だけではない。それを照らす光の性質が、画面全体の印象を左右する。今回は具体的な作品を通して、光の違いが画面にもたらす効果を見ていきたい。

 

◆晴れた日の青い影

屋外における主な光源は太陽である。よく晴れた日中においては、直射日光が遮られた影の部分には青空からの光が反映され青みを強く帯びる。私の作品『いきものたちの交差点』には青空は描かれていない。しかし青い影により晴天であることが示されており、猫が日差しの暖かな日中に周囲の喧騒を気にせず、のんびりと昼寝をしていることが表現されている。

松本亮平 《いきものたちの交差点》2023年 アクリル、板 31.8×41.0cm

松本亮平 《いきものたちの交差点》2023年 アクリル、板 31.8×41.0cm

モネの『プールヴィルの断崖』は太陽と青空からの光に加えて、海からの反射光も表現されている。青空と海の反射光の影響で岩肌の陰は黒くならず青が強調されている。本来なら重厚な崖も軽やかな印象である。この絵において、主役は空間全体を取り巻く光なのだろう。崖の岩肌、水面の反映を描きながらも、光り輝く画面を作ることそのものへの興味が感じ取れる。

クロード・モネ《プールヴィルの断崖》 東京富士美術館蔵出典:https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/00128/

クロード・モネ《プールヴィルの断崖》 東京富士美術館蔵
出典:https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/00128/

 

◆晴れた日の青い影

屋外とは対照的にフェルメールの『水差しを持つ女』は窓から差し込む自然光のもと描かれている。モネの光り輝く外光と比較すると窓によって光量が制限され、より落ち着いた雰囲気が作り出されている。光が柔らかく眩しさが抑えられるため、モチーフの持つ微妙な質感の差を丁寧に描写することが可能になっている。水差しの金属光沢、薄いベールの透明感、テーブルクロスの起毛した質感など触れることができそうな迫真の描写である。また穏やかな光の中、赤のテーブルクロス、青のスカート、黄色のコルセットなど3原色が互いに干渉せずに調和している。背景の白の漆喰壁の階調及び色味の豊かさが各色をつなぎ合わせるのに貢献しているのだろう。光源である画面左の窓付近は明るく暖かなクリーム色、画面右に向けて緩やかに暗くなり冷たい青系の色に変化している。調和した光、穏やかな明暗差によって平穏な日常を表現している。

ヨハネス・フェルメール《水差しを持つ女》 メトロポリタン美術館蔵出典:https://www.metmuseum.org/art/collection/search/437881

ヨハネス・フェルメール《水差しを持つ女》 メトロポリタン美術館蔵
出典:https://www.metmuseum.org/art/collection/search/437881

 

◆ドラマチックな下からの光

ベンヴェヌーティの『月光と蝋燭の灯火で手紙を読む皇帝ナポレオン』における光源は今まで見てきた自然光とは異なり、画面右下のロウソクの火である。その光は暗い背景からナポレオンを強く浮かび上がらせ、顔には鋭い陰影を与えている。強い陰影表現は心理的な緊張感を作り出している。そのため手紙の内容は日常的なコミュニケーションではなく、ナポレオンの心を揺れ動かす、物語の転換点になるものだろうと想像が膨らむ。

ピエトロ・ベンヴェヌーティ《月光と蝋燭の灯火で手紙を読む皇帝ナポレオン》 東京富士美術館蔵出典:https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/03620/

ピエトロ・ベンヴェヌーティ《月光と蝋燭の灯火で手紙を読む皇帝ナポレオン》 東京富士美術館蔵
出典:https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/03620/

 

◆浮世絵における光と闇の表現

日本にも夜の火の光の効果を描いた作品がある。その中の一点、歌川国貞の『月の陰忍逢ふ夜(つきのかげしのびあうよる)』に描かれているのは行燈の火を消そうとする女性である。行燈の蓋が外されているため、上方向に強い光が漏れ女性の顔が照らし出されている。直線とわずかな濃淡を用いて、夜の闇そのものを塗り込めることなく暗がりの中の強い光を表現している。西洋では光の表現に明暗の対比を重視するのに対して、日本ではそれを記号的に表現する方法が用いられたのは興味深い。浮世絵は基本的に木版画であるため広範囲の滑らかなグラデーションを作ることは難しい。その制約の中で、闇の中の光を表現すべく考えられた技法なのだろう。

歌川国貞《月の陰忍逢ふ夜》アムステルダム国立美術館蔵 出典:https://www.rijksmuseum.nl/nl/collectie/object/Vrouw-bij-lamp--4d736401b7228345a020369003121c73?tab=data

歌川国貞《月の陰忍逢ふ夜》アムステルダム国立美術館蔵 
出典:https://www.rijksmuseum.nl/nl/collectie/object/Vrouw-bij-lamp--4d736401b7228345a020369003121c73?tab=data

屋外に満ちた明るい光は開放感を、窓からの光は静けさを、暗闇の中の蝋燭の光は緊張感を生み出す。浮世絵は光を写実的に再現するのではなく、必要な情報だけを抽出している。描きたいテーマを照らし出す光の選択が重要であることがわかる。

松本 亮平(まつもと・りょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
HP https://rmatsumoto1.wixsite.com/matsumoto-ryohei
REIJINSHA GALLERY https://www.reijinshagallery.com/product-category/ryohei-matsumoto/