文=小松美羽

たくさんの想いや歴史が交わって生まれるもの

タイ国内はもちろん、世界各地から修行者がナコンサワンを訪れる
2025年11月にタイのナコンサワンにて8戒律を守りながらの瞑想の修行に励んだ。
修行の1つは「苦しみ」と向き合う事が大きな主題だった。目に見えるような物質的な苦しみだけでなく、目に見えない非物質的な苦しみなど、これらと対峙する瞑想だった。実際にメーチー(女性の修行者)が修行されている洞窟を含む3つの洞窟で行なわれた。
苦しみを通すことで自分がもう一人の自分を見ているような感覚で、原因を深く観察していく。そうした繰り返しの日々の中で、今の私にとって苦しみは最大の先生なのだと実感した。
深い瞑想のレベルまで到達した聖者は意識と肉体が別であるため、どんなに重い病気であっても元気な姿をしておられる。その境地まで行き着くことは並大抵のことではないが、少しでも今を生きている自分ができることを学び、そして行動していかなくてはいけない。

ナコンサワンでの小松
己の未熟さを知り、タイから帰国する。帰国後すぐに広島県の下瀬美術館での展示の打ち合わせに向かった。
下瀬美術館とのご縁は、嚴島神社の大鳥居の袂でのライブペイントがきっかけだった。その時はまだ美術館は完成しておらず、図面を元に完成予想図を見せていただいた。それから半年後に美術館は無事に完成し、2024年にはユネスコ本部が主催する建築の最優秀賞である「ベルサイユ賞」を受賞したのである。

美術館の特徴の1つに、カラーガラスで覆われた8つの可動展示室がある。この可動展示室での作品の展示構成を作り上げる作業はチームで意見を出し合い行なわれた。作家が自分の欲望で独りよがりにならず、修行で行なった「自分を自分が俯瞰して見ていくことで、理解していく」という作業をチームで行なっているような感覚で進んでいった。チーム1人1人にミニ小松が憑依しているような感覚で展示効果の成功を実現すべく動いていった。
今回の展覧会は「新コレクション展」であり、同時期にメインホールを使って大胆に展示されているSam Falls(サム・フォールズ)さんの作品も鑑賞していただける。2人展であるため、互いに作品のシナジーを合わせながらの展開となった。

① 門|ニミットグラフ〔不可視実在の写真〕

② 龍|季節と気象の循環を司る存在

③ 八咫烏|霊性へと導くメッセンジャー

④ エンテレヒー|生成する力とシンボル
互いが主張し合うのではなく、互いが互いに大調和していくような展示とコンセプトの枠組みが成立していった。こうした練り上げは日々の生活において、たくさんの経験や学びがないと成し得ないことの1つだ。私のチームの皆さんは各々博識であり、特化しているものが異なることが相乗効果を生んでいる。そして1番大事なことは、作品を誰もが1番に理解してくれていることだろう。
美術館の皆様、展示に向けてご尽力くださった多くの方々のお力の集大成が展示風景の熱量にも加わる。
タイから帰ってきてすぐに着彩を開始したのは、下瀬美術館の「顔」となる外観の位置に配置される立体作品だった。山犬さんたちがまるで宮島から下瀬美術館に向かって走って駆け寄ってくるように、水面の上に浮かせ、走らせ、飛んだ。どの作品たちも、瀬戸内海の海風を感じ、とても嬉しそうにしていた。

朝日を浴び、夕陽を浴びて月を浴びる。そんなサイクルの中で私の手から離れた作品たちは、来館者の皆さんに何を語りかけるのだろうか。プラスもマイナスも色々な意見があると思うが、その現象を含めてこの展示をした経験値が大いなる一歩を手繰り寄せたようにも感じる。
また、8つの可動展示室のキューブの中だからこその展示(写真①〜⑧)は、その空間内に作品の力が籠るような形になった事で、よりエネルギーを身近に感じやすくなったのではないかと感じる。そして、展示室が1つ1つ区切られている事が効果的にシナリオのページを切り替えるようで、とても挑戦的で学びが多かった。

⑤ 聖なる接続|モブの三連祭壇画

⑥ Area21|全地球(Whole Earth)という想像力

⑦ NEXT MANDALA|萃点(Nexus)としての統合

⑧ 帰坐|線描のミクロコスモス / マクロコスモス
展覧会開催に至るまで、時間をかけて展示関係者の多くの方々との打ち合わせや会議が繰り広げられる。それでも現場の展示ではハプニングが起こったり、実際に展示室に作品を置くことで展示の方向性をガラッと変えたり、空間に応じて作品点数を変更したりする柔軟性も必要で、その感覚は今までの経験の中で培ったものが重要になってくる場合がある。
今回の下瀬での展示でも、作業中に作品点数を減らしたり、図面上ではしっくりきたことも実際の壁掛けを変更することでよりよい展示となったり、ライティングの仕掛けも何度も現場で変更を重ねる部分もあった。
夜遅くまでかかる作業は多くのプロの皆さんのおかげで無事に終了した。
美術の話に限らず、きっとどんな仕事も多くの人間が関わり、そこにたくさんの想いや歴史が交わっているのかもしれない。

2026年に個展が予定されている美術館musecにて(スイス・ルガーノ)
2026年にはスイスのルガーノ、そしてスペインのバルセロナでの美術館での展覧会が決まっていて、それ以降も2029年までの展覧会を予定していて、準備を重ねている。
今一度狭い視野や考え方に固執せず、多くの関わった人々から考え方を素直に取り入れていきたい。
こうして少しづつ積み上がって硬くなる土台を壊す事なく、しっかりと前を向いていきたい。

個展の打ち合わせのためにルガーノを訪れた小松
SIMOSE新コレクション展 後期 —サム・フォールズ、小松美羽

2025年度、新たにサム・フォールズ、松山智一、小松美羽、3人の現代美術家の作品を収蔵した下瀬美術館。「SIMOSE新コレクション展」は前期、後期に分けて新規収蔵作品とその作家について紹介するもので、後期展ではサム・フォールズと小松美羽の特集である。
サム・フォールズは1984年生まれのアメリカの美術家。キャンバスの上に植物の枝葉や花などを配し、染料を撒き、太陽の光や雨風にさらして絵画化する手法で、近年、注目を集めている。新コレクションのひとつ《Spring to Fall》(2023-2024年)は横幅45mを超える大作であり、自然の中に誘うような不思議な感覚を観る者に与えてくれる。今年10月の来日時に宮島で制作された3点の新作は、「SIMOSE新コレクション展」の後期が初公開。神聖な島の自然や被爆樹木など広島ならではの素材を取り入れた作品が展示されている。
小松美羽は、狛犬や神獣などをモチーフに、目に見えない霊性や生命のエネルギーといった精神世界を表現する現代美術家。国内外でライブペインティングを行なってきた小松は、2022年に宮島の嚴島神社の大鳥居前でも平和への祈りを込めた力強いパフォーマンスを行なうなど、広島でも重要な作家活動をしてきた。この展覧会では、2019年に京都の常寂光寺で制作した《宝雨の中で一対の艷緑の楓は苔の地平線にて門となる》を含む2点の新規収蔵作品を中心に、初期の銅版画から近年までの30点余を展示。その独自の作品世界が紹介される。
| 「下瀬美術館キューブステイトメント」より |
| 下瀬美術館コレクション展「小松美羽『Sacred Nexus|聖なる萃点』」は、コレクション作品を紹介するだけでなく、メインホールに展示されるサム・フォールズ《Spring to Fall》との対話を起点に、小松作品の体験を“ひとつの流れ”として立ち上げることを目指した展示です。通常のコレクション展では、作品の来歴や代表作を順に見せる構成になりがちですが、本展では、下瀬美術館特有の8つのキューブ(可動展示室)という条件を積極的に用い、鑑賞者がキューブごとに小松の世界へ段階的に没入していく連続性を作っています。 ここで生まれる緊張と密度は、空間演出の派手さではなく、作品同士の「思想的な関係性の強度」によるものです。異なる時期・媒体で制作された作品を、あえて“意味が立ち上がる配置”として結び直すことで、単なる羅列ではない、小松世界への体験そのものを構築しています。鑑賞の際は、個々の作品の印象だけでなく、キューブを巡るなかで「何と何が、どのように接続され直していくのか」に意識を置くと、この展示の組み立てがより立体的に見えてきます。 タイトルの「Sacred Nexus(聖なる萃点)」は、南方熊楠が用いた「萃点」という発想にならい、作品・場所・鑑賞者、そして目に見えないものと物質的なものが、結び目(nexus)として立ち上がる状態を指すために設定した言葉です。また小松美羽は、創作理念として「The Great Harmonization(大調和)」を掲げ、その前提として、宗教の枠を越えて誰もが内面にもつ「Sense of Sacredness(聖なる感覚)」を呼び覚ますことを重視してきました。本展では、その「聖なる感覚」が各キューブの関係性のなかで具体的な“結節点=Nexus”へと結晶していく、そのプロセス自体を体験として提示します。 |
会期:2025年12月18日(木)〜2026年2月1日(日)
会場:下瀬美術館
住所:広島県大竹市晴海2-10-50
時間:9:30〜17:00(ナイトミュージアム開催日は19:00まで開館) ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)
入場料:一般2,000円(1,800円)、高校生・大学生1,000円(800円)、大竹市民1,500円、中学生以下無料
※( )内は20名以上の団体(要予約)
TEL:0827-94-4000
URL:https://simose-museum.jp