展覧会

ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界

 

会場:サントリー美術館 会期:4/22(水)~6/21(日)

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展示作品の半数以上が日本初出品!!
初めて観る暁斎作品にサントリー美術館で出会う

東京・六本木のサントリー美術館では、4月22日から6月21日までの会期で「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」が開催される。
幕末・明治期に活躍し、今なお国内外で高い人気を博す河鍋かわなべ暁斎きょうさい(1831–89)は、天保2年(1831)、下総国古河(現在の茨城県古河市)に生まれた。数え2歳の時に、家族とともに江戸に移り住むと、7歳の頃から浮世絵師・歌川国芳に手ほどきを受けるようになる。その後は駿河台狩野派の前村まえむら洞和とうわ狩野かのう洞白とうはく陳信のりのぶのもとで修業を積み、19歳の時に洞郁とういく陳之のりゆきの号を授かって安政4年(1857)に絵師として独立すると、その頃から「狂斎」を名乗り始め、肉筆画、浮世絵版画を数多く制作。様々な流派を広く学び、狩野派の本格的な訓練で培った高い技量と、狂画きょうが(戯画)の諧謔精神を組み合わせて、独自の画風を確立した。手がけた作品は神仏画から妖怪画、動物画、世相を反映した風俗画や戯画にいたるまで多岐にわたり、そのいずれにも卓越した画技と機知に富んだ発想が見られる。
人前で即興的に絵を描く席画も得意とし、客の求めに応じてその場で揮毫きごうする書画会しょがかいにも頻繁に参加するが、明治3年(1870)、書画会で酔って描いた絵が見咎められ、逮捕、投獄される。放免の翌年、号を「暁斎」と改めて以降も精力的に制作を続け、彼の画業は全盛期を迎えることとなった。

河鍋暁斎《蛙の学校》画像

蛙の学校 河鍋暁斎 一葉 明治零年代中頃(1870年代前半)
イスラエル・ゴールドマン・コレクション Photo: Ken Adlard 【通期展示】

開国以来、多くの欧米人が日本を訪れるようになり、暁斎も彼らと交流を持った。フランスの美術品蒐集家であるエミール・ギメは、その著書『日本散歩東京-日光』(1880年刊)で初めて暁斎を海外に紹介。それが暁斎の知名度を欧米において高めることとなった。また、日本に住んでいた建築家のジョサイア・コンドルや元軍人でジャーナリストのフランシス・ブリンクリーらは、暁斎の弟子となって絵を学んでいる。
明治22年(1889)、胃がんのため59歳で亡くなった暁斎。しかし、彼の生み出した作品は、その後も長期にわたって国内外に多大な影響を与えた。
この展覧会では、暁斎コレクションとしては世界でトップクラスの質と量を誇る、イギリス在住のイスラエル・ゴールドマン氏の所蔵作品の中から、コレクションを代表する名品や日本初出品の貴重な肉筆画、第一級のすりと保存状態の版画など約110件が展示される。出品作の半数以上が日本初出品となる、世界最高峰の暁斎コレクションを通して、暁斎の多彩な世界を楽しんみてはいかがだろうか。

展示構成(予定)

第1章 ゴールドマン・コレクションのスターたち
暁斎は、10歳から9年間、武家の御用絵師であった駿河台狩野派で修業を積み、本格的な作画技術を身につけた。その後、浮世絵版画の世界にも足を踏み入れ、様々な流派の画風を学びながら独自のスタイルを確立する。
この章には軽筆の即興的な絵から、下絵に基づいて丹念に仕上げた本画ほんがまで、暁斎の真骨頂が発揮された多様な画風と画題の作品が集められている。まずは、ゴールドマン・コレクションの肉筆名品セレクションで、多彩な暁斎の世界を堪能してほしい。

河鍋暁斎《百鬼夜行図屛風(右隻)》画像

百鬼夜行図屛風 河鍋暁斎 六曲一双のうち右隻 明治4~22年(1871-89)
イスラエル・ゴールドマン・コレクション 写真協力:立命館大学アート・リサーチセンター 【通期展示】

河鍋暁斎《百鬼夜行図屛風(左隻)》画像

百鬼夜行図屛風 河鍋暁斎 六曲一双のうち左隻 明治4~22年(1871-89)
イスラエル・ゴールドマン・コレクション 写真協力:立命館大学アート・リサーチセンター 【通期展示】

第2章 けもの
暁斎は、生命感に満ちた個性的で魅力のある動物画を数多く手がけた。彼が描く動物たちは、時には愛らしく茶目っ気にあふれ、時にはゾクッとするような野性味を感じさせます。なかでもからすと蛙は、暁斎のトレードマークともいえる特別な画題。3歳で初めて写生したのが蛙であったと伝わっている。さらに、暁斎は猫も好み、絵に多く描きました。幼少時に絵の手ほどきを受けた浮世絵師の歌川国芳も大の猫好きとして知られている。
暁斎にとって動物を描くことは、自然界を絵にするというだけでなく、伝統的な画題に取り組むことでもあり、また、狂画として当時の人間社会を描く手段ともなっていた。

河鍋暁斎《蝶と菊に猫》画像

蝶と菊に猫 河鍋暁斎 一幅
明治4~22年(1871-89)
イスラエル・ゴールドマン・コレクション
Photo: Ken Adlard 【通期展示】

第3章 
暁斎は、歴史的人物や伝説の登場人物を取り上げた作品、美人画なども手がけているが、暁斎の人間に対する強い関心は、むしろ同時代の社会を題材にした数多くの作品に強くうかがうことができる。
この章では、江戸時代後期から明治時代にかけて大流行した商業的イベントである書画会や、幕末・明治期の海外への高い関心を反映して、外国人を題材とした作品など、当時の風俗を描いた作品が紹介される。また、骨の髄まで変わらない人間のさがや、骨まで染みついた享楽主義を、風刺的に骸骨たちの姿で表した絵や、ひとの高慢さを天狗として表現した作品もある。

河鍋暁斎《三味線を弾く洋装の骸骨と踊る妖怪》画像

三味線を弾く洋装の骸骨と踊る妖怪 河鍋暁斎 一葉 明治4~22年(1871-89)
イスラエル・ゴールドマン・コレクション 写真協力:立命館大学アート・リサーチセンター 【通期展示】


第4章 
おに
地獄の獄卒や、羅漢など仏教の聖者に従う眷属の鬼、風神・雷神、魁星かいせい鍾馗しょうきに追われる鬼、追儺ついなの鬼、大津絵の鬼など、暁斎は好んで様々な鬼を絵にした。鬼の酒呑童子しゅてんどうじや大森彦七の鬼女など、恐ろしい鬼も描いてはいるが、暁斎の作品に圧倒的に多く見られるのは、ややコミカルな愛嬌のある鬼たちだ。
9歳から 11 歳まで師事した狩野派絵師・前村洞和から「画鬼」の愛称を得た暁斎は、鬼に対して特別な思いを抱いていたことが作品の随所から感じられる。

第5章 かみ、ほとけ
明治12年(1879)頃、暁斎は本郷湯島にある真言宗・霊雲寺の法弟となり、「暁斎」の画号に加えて「如空」の法号も用いるようになった。信仰の対象として描いた仏画は、達磨禅師、観音菩薩、文殊菩薩が最も多く確認されている。また、仏教や道教の聖人たちがまるで人間のように遊び、戯れる様子を描く《異代同戯図》の系譜を踏まえつつ、新たに当代風刺をきかせた作品も暁斎は残している。
この章では、神仏を敬うと同時に狂画の題材としても扱う、暁斎の「かみ、ほとけ」に対する多様な関わり方が紹介される。

第6章 版画の名品
暁斎は肉筆画制作を主とする絵師だったが、浮世絵版画および版本の版下絵も数多く描いた。幕末の世相を映した風刺的、時事的な浮世絵を制作したほか、団扇絵もあまた手がけたことが、残された校合摺から分かる。
ゴールドマン・コレクションの特筆すべき点の一つに、摺が早く、非常に保存状態のよい版画作品が多数集められていることが挙げられる。この章では、一点しか確認されていない希少作品や、これまで知られていなかった図柄の新出作品など、ゴールドマン氏のあくなき探求心によって見出された版画コレクションの精華が鑑賞できる。

ゴールドマン・コレクションについて

浮世絵および江戸絵画の美術商であるイスラエル・ゴールドマン氏(Israel Goldman,1958~)は、1980年代前半に暁斎作品の蒐集を始めた。40年以上の年月をかけて形成されたイスラエル・ゴールドマン・コレクションには、掛軸、巻物、屛風絵などの肉筆作品、版本・版画作品に加えて、下絵や画稿、暁斎絵日記の優品なども含まれており、暁斎の画業を包括的に概観することができる。また、浮世絵を専門に扱うディーラーとしての氏のこだわりを反映し、早い摺の、非常に状態のよい版画・版本作品が多く集められている点も、このコレクションの特徴の一つ。ゴールドマン氏は現在でも精力的に暁斎作品を蒐集しており、コレクションは成長を続けているのだ。

河鍋暁斎《地獄太夫と一休》

地獄太夫と一休 河鍋暁斎 一幅 明治4~22年(1871-89)
イスラエル・ゴールドマン・コレクション Photo: Ken Adlard 【通期展示】

[information]
ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界
・会期 4月22日(水)~6月21日(日)
※作品保護のため、会期中に展示替を実施
・会場 サントリー美術館
・住所 東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階
・時間 10:00〜18:00(金曜日および5月2日[土] ~ 5日[火・祝]、6月20日[土]は20:00まで)
※いずれも入館は閉館の30分前まで
・休館日 火曜日(5月5日は20:00まで開館)
・観覧料 一般1,800円、大学生1,200円、高校生1,000円
※中学生以下無料
・TEL 03-3479-8600
・URL https://www.suntory.co.jp/sma/

⚫︎この展覧会は、神戸市立博物館(7月11日~9月23日)、静岡県立美術館(10月10日~12月6日)に巡回します。