アーティスト

李 丹 インタビュー──黒と赤が響き合うとき

聞き手・文/REIJINSHA GALLERYスタッフ

中国画と日本画、二つの伝統を背景に独自の表現を探求する李丹リー・タン。墨や岩絵具、石材など多様な素材を用い、それぞれが宿す時間や記憶を一つの画面の中で響き合わせている。
2026年7月17日(金)からREIJINSHA GALLERYでは初となる個展『赤の気配』を開催する彼に、制作の背景や作品に込めた思いについて同ギャラリースタッフが話を聞いた。

 

◆中国画と日本画、その先にある表現

──アートの道に進まれたきっかけをお聞かせください。

私にとって絵を描くことは、目に見えるものを写すためではなく、言葉では捉えきれない感覚や人の内面の動きを見つめるための方法です。
中国の美術大学で中国画の古典作品や敦煌壁画とんこうへきが※1に触れ、絵画は単に美しいものを残すのではなく、人が生きた時間や精神を未来へ受け継ぐことのできる存在なのだと感じました。
そして、その経験から、私は「何を描くか」よりも「どのように存在を感じるか」という問いに惹かれるようになりました。現在も制作とは、自分自身と世界との関係を見つめ直すための手段だと考えています。

※1 中国甘粛省の都市・敦煌周辺の石窟寺院に描かれた仏教壁画の総称。4世紀頃から14世紀頃にかけて約1,000年にわたり制作された。

作品《三羽図》と並ぶ李丹

作品《三羽図》と並ぶ李丹

 

──中国の美術大学を卒業後、日本の女子美術大学大学院に留学されましたね。そこで日本画を専攻されたのはなぜですか?

中国画を学ぶ中で岩絵具という素材に出会い、その物質性や時間性に強く惹かれました。そして、その可能性をさらに深く探究したいという思いから、日本へ留学し、同じ岩絵具を使う日本画を学ぶことにしました。
私にとって、中国画は筆墨によって精神や気韻※2を表す絵画です。一方、日本画は素材そのものが時間や空間を語る絵画だと感じています。ですが、私の制作はその二つを融合することが目的ではありません。墨の流動性と岩絵具の物質性、それぞれが持つ異なる時間を一つの画面の中で出会わせることで、人と世界との関係を描こうとしています。

※2 作品や対象から自然に立ちのぼる生命感、気品、精神性、趣のこと。

大学時代に制作した作品《モダン・タイムズ》

大学時代に制作した作品《モダン・タイムズ》

 

──李さんの作品は、岩絵具や墨、石材など多彩な素材を用いた、コラージュのような画面が印象的です。現在のような表現スタイルには、どのような経緯でたどり着かれたのでしょうか?

現在の表現は、中国画と日本画の双方を学んできた経験の積み重ねから自然に生まれたものです。
留学先の女子美術大学大学院では、「自己愛」を「他者や環境との関わりの中で形成され変化していく意識」として捉え、その目には見えない精神的構造を絵画として可視化することを研究していました。
その過程で私が強く意識するようになったのは、人だけではなく素材にも、それぞれ固有の時間や履歴があるということです。石は長い年月を抱え、焼いた絹には炎の痕跡が残り、墨は水と呼応しながら予測できない表情を生み出します。
私は、それぞれ異なる時間を生きてきた素材を一つの画面の中で出会わせることで、人と世界との関係や、目には見えない心の動きを表現したいと考えています。コラージュのように見える画面も、異なる存在同士が対話する場として構成しています。

──影響を受けたアーティストや作品はありますか?

最も影響を受けた人物の一人は寺山修司です。彼の作品には、現実と想像、日常と非日常の境界を軽やかに越えていく視点があります。私はその独特な世界観だけでなく、見慣れた日常の中から新しい意味を見いだそうとする姿勢に強く惹かれています。
一方で、素材や造形に対する考え方は、敦煌壁画や漢画像磚かんがぞうせん※3、日本画の古典作品から多くを学びました。風化や欠損までもが作品の一部となり、時間そのものが美しさへと変わっていく姿に深く感銘を受けています。
私にとって制作とは、目に見えるものを描くことではなく、普段は意識されない存在や関係性を、絵画を通してあらためて見つめ直すことなのだと思っています。

※3 紀元前200年頃の中国でつくられた絵や文様が刻まれたレンガ(碑)のこと。

 

◆「赤の気配」に込めた想い

──李さんの作品にはカラスがたびたび登場しますが、そこにはどのような意図や意味が込められているのでしょうか?

カラスは、私の作品を通して描き続けている大切なモチーフです。
一般的には怖いイメージを持たれることもありますが、実際には非常に知性が高く、都市と自然の双方に適応しながら生きる生命です。その姿は、人もまた環境や他者との関わりの中で変化し続ける存在であるという、私自身の考えとも重なっています。
作品の中でカラスは、私自身を投影した存在であると同時に、鑑賞者の視点でもあります。何かを象徴する記号ではなく、風景の中に静かに佇み、空間や生命の気配を見つめる存在として描いています。

卒業制作《流るる図》2026年 岩絵具、墨、銀箔/絹、雲肌麻紙、パネル

卒業制作《流るる図》2026年 岩絵具、墨、銀箔/絹、雲肌麻紙、パネル

 

──本展の案内はがきにも使用されている作品『流るる図』は、どのような情景を描いた作品なのでしょうか?

『流るる図』は、人と世界との関係がゆるやかに溶け合う風景を描いた作品です。
これまで私は、器を人の記憶や暮らしを受け止める存在として描いてきました。本作では、その器を温泉へと変容させています。温泉は身体を休める場所であると同時に、人が自然の循環の中へ静かに身を委ねることのできる場でもあります。画面を流れる墨は、水によって生まれる偶然の滲みや揺らぎを受け入れながら広がっていきます。その制御しきれない流れは、人の意識や記憶が絶えず変化し続ける姿とも重なっています。
画面の中に佇むカラスは、その風景を見つめる存在であり、同時に鑑賞者自身の視点です。
私は作品を通して一つの物語を提示するのではなく、見る人それぞれが自身の経験や感覚を重ね合わせ、新たな風景を立ち上げていただけたらと思っています。

《鴉ノ湯》2025年 岩絵具、墨、銀箔/絹、雲肌麻紙、パネル

《鴉ノ湯》2025年 岩絵具、墨、銀箔/絹、雲肌麻紙、パネル

 

──これまでの李さんの作品では「黒」を象徴的に使ってこられましたが、今回の個展タイトルが「赤の気配」とあるように、最近では赤を使われる機会が増えています。「黒」と「赤」、それぞれの色に込めた想いや意図についてお聞かせください。

これまでの作品における「黒」は、自分自身と静かに向き合うための色でした。墨の持つ深い黒には、思考や静寂、言葉にならない感情を受け止める力があると感じています。
一方、今回多く用いている「赤」は、強さや情熱を表す色ではありません。私にとって「赤」は、人がそこに生きたこと、植物が育ったこと、時間が積み重なったことを静かに感じさせる色です。生命そのものではなく、その存在が残した温度や余韻を表現したいという想いから、作品の中に取り入れるようになりました。
「黒」が内面へ向かう色だとすれば、「赤」は外の世界とのつながりを感じさせる色です。その二つが一つの画面の中で響き合うことで、人と世界との関係を表現しています。

 

◆カラスが見つめる未来

──これから新たに挑戦してみたいことはありますか?

これからは、素材そのものが持つ可能性をさらに広げながら、日本画という枠組みにとどまらない表現にも挑戦していきたいと思っています。
また、日本だけでなく海外で作品を発表し、異なる文化や価値観の中で作品がどのように受け止められるのかを知ることにも強い関心があります。場所や文化が変わっても、人が心を動かされる瞬間には共通するものがあると思っています。その普遍的な感覚を、これからも作品を通して探究していきたいです。

──最後に、来場される皆さまへメッセージをお願いします。

私の作品には、一つの答えや物語を用意しているわけではありません。作品の前に立ち、それぞれの時間を過ごしていただく中で、ご自身の記憶や経験と重なり、新しい風景や感覚が生まれたなら、それが作品の完成だと思っています。
今回の展示が、日常の中で見過ごしてしまう小さな存在や、人と世界とのつながりにあらためて目を向けるきっかけになれば幸いです。

 

人と世界、素材と時間。それらが静かに響き合う李丹の作品は、見る人それぞれに新たな風景を見せてくれるだろう。
個展「赤の気配」はREIJINSHA GALLERYにて、7月17日(金)から始まる。

 

[Profile]

李 丹 Dan Li
1997年
中国生まれ
2024年
佐藤国際文化育英財団第34期奨学生
神山財団芸術支援プログラム第11期奨学生
第9回石本正日本画大賞展奨励賞受賞(浜田市立石正美術館/島根)
2025年
第24回福知山市佐藤太清賞公募美術展特選、板橋区長賞受賞(福知山市厚生会館/京都、他巡回)
公募日本の絵画2024大賞受賞、作品買上(永井画廊/東京)
個展「日月輪転」(銀座中央ギャラリー/東京)
個展「黒く、満ちず 置かれたまま」(Art Gallery TOKYU PLAZA GINZA/東京)
第27回雪梁舎フィレンツェ賞展佳作賞受賞(雪梁舎美術館/新潟、東京都美術館)
第52回創画展(東京都美術館)※‘24年出展
創立50周年記念千住博と令和の新鋭たち(東邦アート/東京)
IAG AWARDS 2025 EXHIBITION IAG奨励賞受賞(東京藝術劇場)
2026年
2025年度女子美術大学大学院博士前期課程修了制作作品展日本画研究室特別賞受賞(女子美術大学/東京)
美術新人賞デビュー2026(ギャラリー和田/東京)※‘25年奨励賞受賞
第52回東京春季創画展(O美術館/東京)
個展「公募日本の絵画2024大賞・優秀賞受賞者連続個展 大賞 李丹展」(永井画廊/東京)
個展「赤の気配」(REIJINSHA GALLERY/東京)
他、出展、受賞多数
現在、東京都にて制作
・Instagram leeevli
・X @lshun939

■展覧会予定
【個展】
・会期 2026年9月12日(土)~9月19日(土)
・会場 ぎゃらりぃ朋
【永井画廊セレクション展】
・会期 2026年11月4日(水)~11月10日(火)
・会場 松坂屋上野店
【個展】
・会期 2026年12月26日(土)~1月22日(金)
・会場 銀座蔦屋書店

[information]
李丹  赤の気配
会期 2026年7月17日(金)~8月1日(土)
会場 REIJINSHA GALLERY
住所 東京都中央区日本橋本町3-4-6 ニューカワイビル1F
電話 03-5255-3030
時間 12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
休廊日 日曜、月曜
URL https://linktr.ee/reijinshagallery