| 会場:東京都美術館 | 会期:4/28(火)~7/5(日) |

「境界」をキーワードにワイエスを見つめ直す
20世紀アメリカ具象絵画を代表する画家、アンドリュー・ワイエス(1917-2009)。
彼は第二次世界大戦後に脚光を浴びたアメリカ抽象表現主義、ネオ・ダダ、ポップアートといった動向から距離を置き、ひたすら自分の身近な人々と風景を描き続けた。その作品は、眼前にある情景の単なる再現描写にとどまるものではなく、作家自身の精神世界が反映されたものとなっている。
ワイエス作品には、窓やドアなど、ある種の「境界」を示すモチーフが数多く描かれている。境界は、西洋絵画史の中で古くから取り上げられてきたテーマであるが、彼にとってはより私的な世界とのつながり、あるいは境目として機能しているようだ。この展覧会は、その「境界」の表現に着目しながら、ワイエスが描いた世界を見ていこうとするものである。

《薄氷》 1969年 テンペラ、パネル 110.2x121.9㎝ 株式会社三井住友銀行
©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
展覧会のみどころ
1. ワイエスの没後、日本初となる待望の回顧展
11974年に東京と京都で33万人を集めた日本で最初の個展以来、1995年、そして2008~9年にもワイエスの展覧会が開催され、日本でのワイエス人気は不動のものになった。この展覧会は、ワイエス没後はじめてとなる、国内待望の展覧会である。
2. テーマは「境界」。アンドリュー・ワイエスの精神世界へ
大ワイエスの作品には窓や扉など、「境界」を示すモティーフがたびたび表れている。それらは彼にとって生と死、画家自身の精神世界と外の世界をつなぐものだったと考えられる。この展覧会は「境界」に着目することで、彼の作品を見つめ直すものだ。
3. 日本初公開となる作品多数
ホイットニー美術館(ニューヨーク)の《冬の野》(1942年)、フィラデルフィア美術館の《冷却小屋》(1953年)、フィルブルック美術館の《乗船の一行》(1984年)をはじめ、出展作のうち10点以上が日本初公開。この展覧会は、あらためてワイエスの魅力にふれる機会となるだろう。

《クリスティーナ・オルソン》 1947年 テンペラ、パネル 83.8x63.5㎝ マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス
Myron Kunin Collection of American Art, Minneapolis, MN photo: Curtis Galleries, Inc. ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
200点以上のワイエス作品でモデルを務めたクリスティーナ・オルソンを描いた作品。病気により足が不自由であったため、自由に歩き回ることできなかった。彼女は、陽の光あふれる外と暗い室内のちょうど境に腰を下ろし、内と外をつなぐ役目を与えられている。風になびく彼女の髪は、室内の静的な暗さと対照的に、明るく生命感のある外の空気の動きも表現しているようだ。
画家紹介
アンドリュー・ワイエス(1917~2009)
1917年7月12日、アンドリュー・ワイエスは、高名な挿絵画家だったニューウェル・コンヴァース・ワイエス(N.C.ワイエス)の5番目の子としてペンシルヴェニア州チャッズ・フォードの自宅で生まれた。幼い時から父の手ほどきを受けて画家の道へ進み、1937年の個展では全作品が完売するなど、若くして頭角を現す。彼は同時代の前衛的な芸術からは距離を置き、生涯にわたり故郷のペンシルヴェニア州と、夏を過ごしたメイン州を拠点に身近な世界を精緻に描き続けた。ワイエスの作品には、アメリカ合衆国の土地やそこに刻まれた歴史、そしてそこに生きる人々の姿が描き出されており、アメリカ国内で高く評価され、2007年には当時のブッシュ大統領から芸術勲章を授与されている。日本での人気も高く、1974年の初の回顧展以降、度々展覧会が開催されてきた。2009年1月16日に老衰のため亡くなったが、アメリカの国民的な画家として今なお高い人気を誇っている。
展示構成
Ⅰ ワイエスという画家
ワイエスは、アメリカ美術の中で位置づけるのが難しい、独自の絵画世界を築いてきた画家。同時代の前衛的な芸術動向から距離を置き、生まれ故郷のペンシルヴェニア州と夏の家のあるメイン州という、少年時代から行き来した二つの地域の身近な人々と風景を描き続けた。自分が美術史上どう位置づけられるかというような意識など持たずに描かれたワイエスの作品は、彼自身を投影する私小説のようなものであった。しかし、単なる私小説に終わらず、それぞれの作品の中に普遍的なものを感じさせるところにワイエス作品の本質があるといえる。

《自画像》 1945年 テンペラ、パネル 63.5×76.2㎝ ナショナル・アカデミー・オブ・デザイン、ニューヨーク
National Academy of Design, New York, USA/Bridgeman Images. ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
スケッチブックを脇に抱え、怒ったような表情を浮かべる自画像。ワイエスは、自らの心に響く何かを求めて日々自宅の近隣を散策しながらスケッチを重ねた。この作品は、高名な挿絵画家である偉大な父が、踏切事故により突然この世を去ってしまった時期に描かれたものだ。
Ⅱ 光と影
ワイエスは光と影を巧みに使用して描くが、それは「生と死」という人が逃れられない命題と向き合った結果として、画面構成に表れたものでもあった。ワイエスが生と死を強く意識したきっかけは、1945年に踏切事故で父と幼い甥のふたりを亡くしたこと。さらにその5年後には、肺疾患の手術中に一時的に心臓が止まるという経験をしており、死をより身近なものとして意識するようになる。しかし、ワイエスは生と死を対立したものではなくつながっているものと捉えており、彼の作品の根底には、次第に「世の無常」という日本人にはなじみのある哲学が流れるようになっていく。

《洗濯物》 1961年 水彩、紙 76.8x55.9㎝ カマー美術館、ジャクソンビル
Gift of an Anonymous Donor, Cummer Museum of Art & Gardens, Jacksonville, Florida, USA ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
チャッズ・フォードのアトリエで暮らしていた頃の生活の一場面を描いた作品。暗く沈んでいる窓際と陽を受けて白く輝く洗濯物が対比されている。妻ベッツィの主婦としての仕事と、自身を陰から支える有能なマネージャーとしての側面を、明暗の対比によって意識しているようにも感じられるる。
Ⅲ ニューイングランドの家:オルソン
ワイエスは30年間にわたって、メイン州のオルソン・ハウスと、そこに住むクリスティーナとアルヴァロのオルソン姉弟を描き続けた。進行性の病気によって脚が不自由でありながらも気高い独立心を持つ姉クリスティーナと、彼女を支えるために好きな海での漁を辞め、農作業に従事した忍耐強い弟アルヴァロ。二人の人間性にワイエスは強く引きつけられた。また、メイン州が最初期に入植された土地であり、オルソン姉弟の父もまた移民であることも大きなポイントだったようだ。ワイエスは姉弟の生活から、最初にこの地に入植し、アメリカの土台を作った人々の姿を思い浮かべていたのかもしれない。

《オルソン家の終焉》 1969年 テンペラ、パネル 46.5x49.5㎝ クリーブランド美術館
The Cleveland Museum of Art, Promised Gift of Nancy F. and Joseph P. Keithley ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
1967年から68年にかけての冬、オルソン姉弟が相次いで亡くなる。二人が亡くなって最初の夏、ワイエスはこの家を訪れてこの作品を描いた。
Ⅳ まなざしのひろがり
ワイエスは、クリスティーナ・オルソンや隣人のカール・カーナーなど、同じ対象を描き続けたことでも知られている。クリスティーナやカールの没後には、ヘルガ・テストーフがモデルとなったが、その後はより幅広いモチーフに気を留めて描くようになる。そして自宅の周囲を散策し、自分の心に「カチッ」とスイッチが入る瞬間を探し続けた。こうして選び取られた瞬間の景色や情景に通底しているのは、生の営みとそれに連続する死の影ともいえるもの。単に明るく平明な再現描写にとどまらない、人が生きることに感じる生の終わりをも描き込もうとしたようだ。

《灯台》 1983年 テンペラ、パネル 84.5×57.8cm ユニマットグループ
©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
灯台の内部を描いた作品。開かれたドアの手前に犬が座り、ドアの奥には階段が見える。階段の上から漏れてくる光は、遭難しないよう灯台を頼りに航海を続ける船乗りたちの生をつなぎとめるものであり、入口に座る犬はそれを注意深く守っているかのようだ。
Ⅴ 境界あるいは窓
ワイエスが描いてきた対象は、自分が良く見知っている人や近隣の風景だったが、単にそれを記録するのではなく、自らの心に響いたある瞬間を描いた。そうして生まれた作品の根底に流れているのは、彼が抱いていた世の無常=死生観である。直接的に死を扱った作品は多くないが、生と死を隔てる「境界」として、しばしば窓やドア、水路に張った氷などが作品に現れる。しかし、それらの境界の向こう側とこちら側は、単純に生と死を対立させて表現しているのではない。ワイエスにとって境界は、生と死をつなぐもの、連続するものの象徴として位置づけられているのだ。

《ゼラニウム》 1960年 ドライブラッシュ・水彩、紙 52.7x39.4㎝ ファーンズワース美術館、ロックランド
Collection of the Farnsworth Art Museum, Rockland, Maine, Bequest of Betsy James Wyeth Trust, 2021.1.1 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
窓辺の向こうにゼラニウムの鉢とクリスティーナ・オルソンの姿が見える。この作品でワイエスは、クリスティーナを窓越しに描くことによって、障害のために厳しい世界を生きざるを得ない彼女との距離感を感じさせている。
[information]
東京都美術館開館100周年記念
アンドリュー・ワイエス展
・会期 4月28日(火)~7月5日(日)
・会場 東京都美術館
・住所 東京都台東区上野公園8-36
・時間 9:30~17:30(金曜日は20:00まで)
※入室は閉室の30分前まで
・休室日 月曜日、5月7日(木)
※5月4日(月・祝)、6月29日(月)は開室
・観覧料 一般2,300円(2,100円)、大学・専門学校生1,300円(1,100円)、65歳以上1,600円(1,400円)、18歳以下・高校生以下は無料
※( )内は前売料金/前売券は4月27日(月)23:59までの販売
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添い(1名まで)は無料
※18歳以下、高校生、大学・専門学校生、65歳以上、上記の各種手帳をお持ちの方は、証明できるものの提示が必要
※毎月第3土曜日・翌日曜日は「家族ふれあいの日」により、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住、2名まで)は一般通常料金の半額(住所のわかるものの提示が必要/販売は東京都美術館チケットカウンターのみ)
・TEL 050-5541-8600(ハローダイヤル)
・URL https://wyeth2026.jp/