展覧会

没後50年 髙島野⼗郎展

 

会場:⼤阪中之島美術館 会期:3/25(水)~6/21(日)

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これまであまり取り上げられることのなかった
作品やエピソードなども紹介される最大規模の回顧展

髙島野⼗郎(1890–1975)は、福岡県久留⽶市出⾝で主に東京で活動し、晩年千葉県柏市に移り住んだ洋画家。「蝋燭」や「⽉」などの主題を、細部までこだわった筆致で描いた。没後50年の節⽬を機に開催されるこの展覧会は、これまでに開催されてきた髙島野⼗郎展を超える最⼤規模の回顧展であり、⼤阪では初めての開催となる。
代表作はもちろんのこと、彼の芸術が形成されたルーツをさかのぼり、⽣涯にわたって⾃⾝のよりどころとしてきた仏教的思想を読み解きながら、⻘年期や滞欧期の作品など、従来の展覧会では⼤きく取り上げられることがなかった部分にもスポットを当てるものだ。さらに、野⼗郎や関係者による書簡や⽇記、メモ等の資料をもとに、彼がひとりの⼈間としてどのように⽣き、周囲とどのような関係を築いて絵かきとしての歩みを進めたかという部分にも注⽬し、野⼗郎の⼈間像にも改めて迫る。
仏教に深い関⼼をもっていたことから奈良を訪れることも多く、仏塔の端正かつ堂々たる姿に惹かれたであろう野⼗郎は、薬師寺や法隆寺を絵の題材とした。野⼗郎が好んで訪れた奈良にもほど近い⼤阪の地で開催されるこの展覧会は、野⼗郎の絵画世界に思う存分浸ることができるまたとない機会となるだろう。

髙島野十郎《田園太陽》画像

髙島野十郎《田園太陽》 昭和31(1956)年 個人蔵

展覧会のみどころ

1. 過去最⼤規模、初公開作品も含めた160点超を公開!
2. ⼤阪初の回顧展!本展を⾒れば、野⼗郎に夢中になること間違いなし!
3. 作品における仏教的思想や、素朴な⼈間像にも迫る

髙島野十郎《蝋燭》画像

髙島野十郎《蝋燭》 大正時代(1912-26) 福岡県立美術館

展示構成

■プロローグ:野⼗郎とは誰か
髙島野⼗郎の画業が世に初めて知られたのは、彼の死後約10年を経た昭和61(1986)年。以来、いくつかの展覧会や書籍で紹介されてきたものの、多くの⼈の⽬に触れてきたわけではない。展覧会の冒頭では、野⼗郎が盛んに描いた《蝋燭》や《⽉》のほか、⾃画像や静物画、⾵景画など、代表作品とともに彼の画業の全体像が紹介される。

髙島野十郎《からすうり》画像

髙島野十郎《からすうり》 昭和10(1935)年 福岡県立美術館


■第1章:
時代とともに
野⼗郎は画業の初期に⼩さな絵画グループ「黒⽜会」で3年間活動したものの美術団体に属することはなく、個展で作品を発表していた。
しかし同時代の美術の流れから断絶していたわけではない。明治末頃に多くの若い⽇本作家たちの⼼を惹きつけたフィンセント・ファン・ゴッホ(1853–90)に彼も⼤きな影響を受けている。そして草⼟社を結成した岸⽥劉⽣(1891–1929)たちが⼤正期に展開した細密な写実描写は、その静謐で深い精神性をたたえた表現によって野⼗郎に強い感化をもたらし、彼の画業の⽅向性を決定づけた。また⻘⽊繁(1882–1911)や坂本繁⼆郎(1882–1969)、古賀春江(1895–1933)など同郷の画家たちとの出会いや交流も彼の画業形成に少なからず寄与している。
野⼗郎が写実の画⾵を確⽴させていく道程を、同時代の美術の中で捉え、「孤⾼の画家」と呼ばれることのある野⼗郎も、⽇本の近代美術史を彩る画家の一人であることが第1章では紹介される。

岸田劉生《静物(湯呑と茶碗と林檎三つ)》画像

岸田劉生《静物(湯呑と茶碗と林檎三つ)》 大正6(1917)年 大阪中之島美術館


■第2章:
⼈とともに
野⼗郎と40年近く交流のあった⽇本芸術院会員の洋画家・⼤内⽥おおうちだ茂⼠しげし(1913 – 94)は野⼗郎について次のように書いている。
「⼈間ぎらいは相変わらずで、結婚もせずこのアトリエに⼀⼈住み、晴れれば畑で働き、降れば絵を描くという毎⽇であった」。
しかし野⼗郎は⼈を遠ざけていたわけではない。彼は魅⼒ある⼈物であったようで、彼の絵を愛し、素朴で気⾻ある⽣き⽅に共感する⼈たちが数多くいた。この⼈たちが、画壇では無名の彼の絵を⼤切に守り、そして⼀⼈暮らしゆえに不明の多い⽣活ぶりや考え⽅などを伝えてくれている。野⼗郎は「孤⾼の画家」であったかもしれないが、「孤独の⼈」ではなかったことを⽰す話だ。
この章では、野⼗郎に魅せられた⼈々が守ってきた作品とともに、彼らの眼が捉えた野⼗郎の⽣⾝のが紹介される。

髙島野十郎《筑後川遠望》画像

髙島野十郎《筑後川遠望》 昭和24(1949)年頃 福岡県立美術館


■第3章:
⾵とともに
ヨーロッパ留学中や⽇本全国を旅した際に描いた四季の⾵景画作品に注⽬する第3章。旅を愛した野⼗郎は、独り⾝の気楽さもあってか、ひとり気ままに旅に出ては、気に⼊った場所に⻑期間滞在していた。旅先で⾒つけた美しい景⾊をじっと⾒つめ、歩き回っては⽴ち⽌まり、⽬に⾒える⾵景だけでなく、匂いも光も空気までも味わい尽くし、その経験すべてを⼀枚の絵に凝縮していたようだ。そのようにして作り出される野⼗郎の⾵景画は、眼前の⾵景を即興的に写し取ったものではない。選ぶ対象や構図、いかなる細部もおろそかにしない精緻な描写には、⽣涯揺らぐことがなかった⼀貫性を読み取ることができる。

髙島野十郎《れんげ草》画像

髙島野十郎《れんげ草》 昭和32(1957)年 個人蔵


■第4章:
仏の⼼とともに
野⼗郎の⻑兄で詩⼈の宇朗(1878⽣)は禅宗に帰依しており、兄の影響からか、⻘年時代から仏教に深く傾倒していた野⼗郎。空海の真⾔密教に接近したり、四国や秩⽗の札所巡りにたびたび出かけたりするなど、仏教へのたゆまぬ関⼼を持ち続けていた。なにより、対象の写実的な描写を慈悲の実践と捉えていた野⼗郎にとっては、絵を描くことそのものが仏の教えに接近することでもあったのだ。
この章では、野⼗郎が⽣涯よりどころとしていた広義での仏教をはじめ、広く宗教を予感させる作品が紹介される。寺社や地蔵などの直接的な作品だけでなく、⼀⾒すると普通の静物画や⾵景画にも「晴と⾬」、「⽣と死」など相対⽴するものを表す仏教的な考え⽅が込められていることが分かるだろう。

髙島野十郎《割れた皿》画像

髙島野十郎《割れた皿》 昭和23(1948)年以降 福岡県立美術館


■エピローグ:
野⼗郎とともに
ここまでの構成では、野⼗郎の⽣きた時代や⼈となり、芸術観、そしてそこから⽣み出された作品が様々な切り⼝から点描されてきた。そこで⾒出されるのは、野⼗郎が絵描きとして、⽣涯いかに⾃らを⾒失わずに真摯に、そしていかに誠実に絵画制作と対峙したかということだろう。しかしそれは、決して特別なものではなく、ひとりの⼈間としての⽣の営みそのものである。
⾃らの理想と信念にひたすら忠実であろうとしたストイックな彼の⽣き⽅は、出⼝の⾒えない混迷の時代を⽣きる我々にとっても⾮常に魅⼒的に映るのではなかろうか。
このエピローグでは、プロローグから第4章までを振り返りながら、ふたたび野⼗郎の代表作品が紹介される。⽬の前の一つひとつの作品を細部にいたるまで味わい尽くし、野⼗郎がそこに込めようとしたものに想像をめぐらせることで、来場者もまた野⼗郎の眼差しや、絵描きとしての在り⽅を追体験することができるはずだ。

髙島野十郎《睡蓮》画像

髙島野十郎《睡蓮》 昭和50(1975)年 福岡県立美術館

作家紹介

1890(明治23)年 – 1975(昭和50)年
1890年、福岡県御井郡合川村(現・久留⽶市)の裕福な酒造家であった髙嶋家の五男に⽣まれる。本名は彌壽やじゅ。福岡県⽴中学明善校(現・明善⾼等学校)に学んだ頃から絵に⽬覚め、⻑兄の宇朗(詩⼈)の友⼈であった⻘⽊繁を知る。そのため、旧制第⼋⾼等学校(現・名古屋⼤学)を経て東京帝国⼤学農学部⽔産学科を⾸席で卒業するものの、画家の道を選んだ。以後も独⾝を貫き、独学で絵を学んで美術団体にも属さないことで、流⾏や時代の趨勢すうせいに流されることがなかった彼の画業は、⾃らの理想とする絵画を⽣み出す⾏為そのものであった。

髙島野十郎《絡子をかけたる自画像》画像

髙島野十郎《絡子をかけたる自画像》 大正9(1920)年 福岡県立美術館

1980(昭和55)年、福岡県⽂化会館(現・福岡県⽴美術館)にて開催された展覧会「近代洋画と福岡県」に《すいれんの池》が出品され、無名の画家であった野⼗郎の評価が始まった。その後、1986(昭和61)年に初の回顧展となる「写実にかけた孤独の画境 髙島野⼗郎展」が福岡県⽴美術館で開催されて以降、連続的に展覧会が開催され、その作品や画業の全体像が明らかになってきた。代表作《蝋燭》や《⽉》をはじめとする作品は、卓越した技量と、緊張感さえもみなぎる独特の写実的筆致を魅⼒とする。

[information]
没後50年 髙島野⼗郎展
・会期 3月25⽇(⽔)〜6⽉21⽇(⽇)
・会場 ⼤阪中之島美術館 4階展⽰室
・住所 大阪市北区中之島4-3-1
・時間 10:00~17:00(⼊場は16:30まで)
・休館日 月曜日 ※4⽉27⽇(⽉)、5⽉4⽇(⽉ ・祝)は開館
・観覧料 一般1,800円、高大生1,200円、中学生以下は無料
※障がい者手帳(身体障がい者手帳、療育手帳、精神障がい者保健福祉手帳)をお持ちの方(介護者1名を含む)は当日料金の半額(要証明)。来館当日、2階のチケットカウンターにて観覧券を購入してください(事前予約不要)。
※一般以外の料金でご利用される方は、当日、証明できるものの提示が必要。
※本展は、大阪市内在住の65歳以上の方も一般料金が必要。
・TEL 06-4301-7285(⼤阪市総合コールセンター「なにわコール」)
※受付時間 8:00〜21:00(年中無休)
・URL https://takashimayajuro50.jp/