文=小松美羽

不惑の年に、どんな困難や試練も乗り越えようと
香港、そしてタイであらためて決意した!!
ちょうど40歳になって数ヶ月が経った。行動と実存的体験を歳と共に体験しながら、それらの軌跡は道標でもあり、また試練となって段階的に訪れてくる。時に苦しみや課題さえもが今の自分を支えてくれている一つだと感じた。

不惑を迎えた小松の近影
ここでは30歳の頃の多くの経験を書き綴ってきたが、自分が20歳の頃を思い返すとありがたい経験も理不尽だと感じる事もたくさんあったように振り返ることができる。
今でも胸が痛くなるような経験の一つに20代後半の時期、出品する作品にマジックで勝手に線を足されたことがあった。美術業界の重鎮だったその方は、このほうがいい絵になるから描き足したと言っていた。マッキーを片手に当たり前のように描き足すその人は、若手作家への指導の一環だと言っていた。当時の私にとっては画面を土足で踏み躙られたような、心の底からくる悲しみを抑えるので必死だったのを覚えている。後日しっかりとマジックの部分は修正したが、自分の不甲斐なさと悔しさでいっぱいだった。
少なからず社会と関わる中で、どんな人だって理不尽とも思えるたくさんの事柄と向き合いながら生きていると思う。それは人だけじゃなく、生きているもの全てにおいて平等に訪れる壁だ。動物たちと暮らしていると、動物たちだって喜んだり傷ついたりしながら前を向いて帳尻を合わせているように感じる。
私の日々の制作活動の中においては、駆け出しの若手作家との出会いはそんなに多くはないけれども、それでも少しでも多くの人が勘違いせずに純粋にまっすぐであってほしいと願う。そう願うことが私への約束とも、戒めともなっている。

小松美羽展「神獣~エリア21~」(2017年/東京 紀尾井カンファレンス)会場風景
そういえば昔、私の現場を知りたいと志願をしてくれた大学生の子がいた。その子は将来絵描きになりたいのだと言い、制作に対して前向きだった。「それなら個展の期間中に現場を見にきても大丈夫だよー」と伝えて、その子が訪れることをいつでも歓迎していた。
ある日、個展会場に隣接していた休憩所で一休みをしようとバックヤードに向かった時、その子の絵が廊下とバックヤードにズラーっと十枚ほど並べられていた。個展に来てくれていた私の絵を所有してくださっているコレクターさんに、個人的に絵を売っていたのだ。絵を売ることや知らないところで話が進んでいたことは一旦目を瞑った。
しかし、「ん?そもそも絵を持ってくることも、売ることも、並べることも聞いてないぞ・・・」という気持ちだった。その頃の私もまだ駆け出し中だったが、報告してくれなかったことが寂しく、自分の個展の現場なのに何も相談してもらえなかったことが悲しかったのだと思う。今日の光景に至るまでの説明が一言欲しかったし、頼って欲しかったのだと思う。

小松美羽展「神獣~エリア21~」(2017年/東京 紀尾井カンファレンス)会場風景
私の中ではその子とのこれからが、この日を境に崩れ落ちた音がした。後で聞いたところ、スタッフには私の個展の裏で絵を売ることも作品を持ってきて陳列することも伝えていたとのこと。あの時、私はまだまだ学びの浅い人間だったため、その行為がどうして私を傷つけたのかを伝える言葉を相手にかけるほど強くなかった。
例えば、自分が頼っている先輩作家さんの個展現場等で勝手に自分の作品を押し出すことは、よほどの関係性がない限り御法度だと感じる。
振り返ると、私も10代、20代、30代の頃は失礼な事もたくさんしてきたし、失言や無責任な行動も多かった。許せない理不尽も多く抱えてしまったし、愚かでもあった。もしかしたら、あの子は私の鏡だったのかもしれないと振り返る。
今この歳になって、今の私だったらどう向き合うのだろうか?
当時のように無言で突き放すのだろうか・・・。いや、少なからず言葉をかけるのだと思う。あの頃の私はそんな思いやりが持てない生き物だったのだ。

小松美羽個展「Sacred Nexus」会場風景
Whitestone Gallery Hong Kong(HK H Queen’s 8/F)/ 2025.03.25-04.15
節目の歳もあって回想に浸りながらも、6年ぶりに香港での個展が開催された。飛行機内で『モアナと伝説の海2』と『アナと雪の女王2』を鑑賞したからか、眠気が取れないまま入国した。いつもの見慣れた街の光景とメンバーの中に、今回は駆け出し中の作家さんも同伴した。マネージングディレクターの星原恩さんが長年お仕事を共にした方からの紹介だった。
空港から香港に向かうタクシーの中で20代前半のその子に向けて、私がかけた言葉は、「今の時期はとにかく成功体験を積むといいよ。初めての海外で緊張して周りのベテランの大人に頼りたくなってしまうと思うけど、一人でできた成功体験は必ずあなたの未来を助けてくれるから。自分が行なった結果が未来の自分を救うことになる体験を香港でしたらいいと思うよ!」だった。
初めての外貨への両替に不安そうになっている若手作家さんを手伝おうとしている星原さんを止めて、一人でできる小さいことから成功体験を重ねていけるようにと背中を押した。緊張しながら一人で両替の手続きをしている姿をチームの皆で見守った。

香港の外貨両替所で両替する若手作家(左)と見守る星原恩(右)
何を偉そうに私が話をしているのだと思った人もいると思う。
けれども、私自身にもそういった経験の積み重ねがあって今があるという実践の結果があるのだ。そういう月日の過ごし方をしたのだと思った。大人になると何かしてあげたくもなるけれど、そっと成長を見守って大切なタイミングでは突き放せる大人になっていきたいと思った。
(もしこの記事がいつか書籍になった時に、若手作家さんが作家を続けていて何かを成し遂げて生きていたら、この文の中で名前を公表して良いかどうかという話を本人にするかを考えようと思っている。今は名前を出す時期じゃないと判断した。)

個展会場となったWhitestone Gallery Hong Kongが入る26階建てのビルHK H Queen’sには、世界の名だたるギャラリーが集結している
久しぶりの香港だからか、少し自分の過去を思い返しながらも香港のエネルギーとの再会を喜んだ。
コロナ禍が落ち着いてきたことで、個展の機会も少しずつ増えてきている。香港から新しいご縁の糸も紡がれて、大きな布が少しずつ広がっていくように思う。個展開催にあたり、関わった全ての皆さん、訪れてくれた全ての皆さんに感謝。

個展会場でおこなわれたトークショーの様子

アート・バーゼル香港のため現地を訪れていたミヅマアートギャラリーの三潴末雄(左端)や、中国・深圳の木星美術館で個展「運命の果てに」を開催中のアーティスト塩田千春(左から3人目)、AAEF Art Center(上海)の副館長に就任した沓名美和(右から3人目)、日本を代表するアートアドバイザー塩原将志(右端)らも、小松の個展会場に足を運んでくれた
新たな学びを求めてタイへ向かう
そして香港同様にコロナ禍前は頻繁に訪れていた国で、多くのことを学ばせてくれるタイ王国へも数年ぶりに足を踏み入れることができた。そこでの学びと経験をここで綴らせていただく。
コロナ禍前に最後に訪れたタイの場所は、バンコクから国内線に乗り換えてグラビー空港へ、それから陸路で3時間ほど移動したところだった。しかし、今回は初めてバンコクから陸路で数時間のナコーンサワンという場所に向かっていた。ナコーンサワンという場所にはタイ人のアチャン(聖者)がおり、私はアチャンの弟子として瞑想やダルマ(仏法、真理)などを学んでいる。アチャンがナコーンサワンに建てたホーリーな学舎に絵の奉納をさせていただくため現場へ向かっていた。同行者は妹など私の家族や、K-1創始者の石井和義館長、プロデューサー高橋紀成氏だ。出発する前夜の東日本は寒波に見舞われていたのだけれど、タイは30度を超える暑さだった。バンコクは都会だったけれど車を走らせているとすぐに畑や平原、集落がちらほら見えるようになってくる。深夜になってようやく目的地に到着したのだが、ナコーンサワンの学舎に併設された食堂では疲れた体を癒すようにたくさんの南国のフルーツが準備されていた。おもてなしに感謝して食事が終わると外は薄暗い空が広がっていて、周辺には大きな山と少し小さな山があり、山には約70個ほどの洞窟があるそうで、その洞窟で瞑想の修行ができると教えていただいた。

ナコーンサワンの洞窟の入口
館長さんと夜の山を眺めながら、ちょうど山の七合目から右側の空間あたりにある別の世界への入り口を見つけたりもした。こちらの世界、あちらの世界があるのだと感じた。施設内にあるスピリットハウスへ参拝しナカラ様(見た目は龍のようだが手や足は無く、龍とは違う神聖な存在)がいる川を眺めながら手を合わせた。
次の日の早朝、修行僧の托鉢から一日が始まった。朝のナコーンサワンは涼しく過ごしやすい。元は野良だった犬たちも目が合うたびに高速で尻尾をパタつかせ、口角を上げて笑顔でもてなしてくれる。ふとした日々の生活の中で忘れてしまいそうなくらいの静かで穏やかな時間だった。

そんな時の流れの中で、タイで行なわれているジャングルでの修行の話を聞く機会があった。僧侶は基本的に托鉢でいただいたものを食べて生きていく。自分で何かを買って食べたり得たりができない。
ジャングルの中で修行する際はお布施を頂けない場合もある。そんな時に、木に実っている果実などを取って食べてもいけないのだそうだ。深い密林には虎などの大型肉食獣も住んでいるので命懸けだそうだ。修行中に虎に食い殺されてしまったという話も聞くという。

托鉢に訪れた修行僧にお布施(喜捨)する小松
アチャンも同様に瞑想の中で出会っていた不老不死(2,500歳以上)の僧侶と出会うためジャングルに入り、虎に出会った経験があるのだそうだ。
(これはとても長く深いお話のため、虎との出会いの部分だけ綴ることをお許しください。)
夜のジャングルは危険が多い。後ろから迫ってくる虎から身を隠したが、なお虎の気配が近づいてきたそうだ。その時に、自分にはカルマ(業)があるから殺されるのだと、最後は瞑想の中で死んでいこうと覚悟を決めたのだそうだ。けれど虎は食い殺すことはしなかった。そこへアチャンが探していた僧侶が現れた。僧侶は虎を従えていたのだった。そして、虎に「もう守らなくていいよ」と告げてから、「君は我慢強いね」と言った。虎はアチャンを見守っていたのだった。
長い話の一部だがこの話を伺った時に、中国の思想家である孔子の論語を思い出した。日々の霊性的な体験から得た今が未来の因果へ向かっていって、いつでも天から見定められているのかもしれない。日々の厳しい修行を行なっているアチャンだからこそ、その歳月が最良の答えと道筋を導き出し、神聖な方々から多くを与えてもらえる状態に達したのかもしれない。どんなに能力があっても、日々の鍛錬をしない者であれば虎に食い殺されていただろう。

アチャンは私に言った。「お金は使ったら減っていく。誰かに分け与えても減る、盗まれることもある。でも、徳は減らない。徳は誰かに分け与えても減らない。徳は誰かに盗まれない。徳は捧げることで増えていく」。
私は日常のお祈りの中で「私の徳分をお捧げします。どうか受け取ってください」と唱える。自分の欲望的なお願いはしない。タイでのダルマの学びや手島佑郎先生(ヘブライ学博士)やラビ(ユダヤ教指導者)との聖書やミシュナ(ユダヤ教の口伝立法集)での学びが他者への慈愛の心を気がつかせてくれた。今は静かな気持ちで自分のJIT(非物理的な第三の目とも呼ばれる存在)を体に留めるための修行を開始している。JITは体から出てしまうことが多いそうで、JITを体に留めるように日常を生きるのも修行の一つだ。
出会ったタイの人から次のように言われた。「いろんな考えのタイ人がいるけれど、少なからず私の周りは復讐や仕返しはしないよ。なぜならカルマは必ずやった人に返ってくるから。それが今世ではなくて、来世かもしれない、来来来世かもしれない。今世は人に生まれても、欲望や快楽を満たす生き方をしていたり、生き物を馬鹿にしたり殺したり悪いことばかりすると、深い地獄に落ちるかもしれないし、生まれ変わったら次は昆虫や魚・家畜になるかもしれない。だからやり返すことはしない、必ずどこかで罰が下るから」と。

「生きとし生けるもの、すべての幸せを祈ってから瞑想しなさい」とアチャンは言っていた。SNSを見てみると、報復や復讐・仕返しが肯定されるような記事を目にすることがある。お仕置きをすることで、被害者に痛みを与えていた加害者の人生が悪いものとなるような記事もあった。人を呪わば穴二つと言う。怒りの感情も、日常的に瞑想を取り込むことによって沈静化できる。それには毎日のトレーニングが必要だ。
話は戻って、アチャンはたくさんの神聖な物を持っておられる。その中のジャングルに住む僧侶からいただいたものを見せてもらった。光がバチっと走っていて、見たことのない塊だった。この神聖な物をアチャンが僧侶から受け取った時に、僧侶は使い方を何一つ告げなかったそうだ。アチャンは瞑想の力でこの頂き物の使い方を把握したのだという。きっと「これはなんですか? どのように使うのですか?」と聞く人が大多数だろう。しかし、修行を重ねた人たちが聞くことはないのだ。言わなくてもわかるから、言わなくてもわかる人の所に授けられたのだろう。

博物館でタイの歴史を学び、何を感じ取ったのだろうか?
今回、ナコーンサワンへは2枚の絵の奉納のために滞在していたのだが、絵がまだ完成する前に出来上がる絵の構想を何枚かデジタルで描いて、キャンバスに落とし込む前にアチャンに見てもらおうとした。
すると「あなたの好きなように描けばいい」とだけ言われた。
その時に、いつも構想なんて練らずに描いているじゃないかと、自分を戒めた。私の行為は「これは正しいでしょうか?」と先生に聞く行為だった。弟子として先生に答えを聞きに行くなど、画業の中でやってはいけないことの一つだ。「あなたの好きなように」と、まさにそういうことなのだ。身体中が一気に冴えた。
アチャンはいつも答えを出す方法は導いてくださるけど、答えを解き明かす日々の修行は自主性を重んじる。

ナコーンサワンの学舎に奉納した作品《平地のプジャ》

ナコーンサワンの学舎に奉納した作品《洞窟のプジャ》
私は絵を描き出した、そして答えを導き出す事に約1年ほどかけた。そうしてできた絵がタイに運ばれた。
サッティー(深く物事を理解する力)を磨いて研ぎ澄まし、動じない軽いJITを持ちたい。
ナコーンサワン滞在中は、70もの神聖な洞窟が存在する山の洞窟へ行った。山にはジャオタン(土地に住まう神聖な方)や神聖な存在がいらっしゃるため、神聖な存在たちが好きな供物とお祈りを捧げて洞窟内へ入っていった。そして2時間ほど瞑想をした。
洞窟での瞑想は、洞窟やそこに住まう方々の許しを頂いてから行なう。良き関係を築くことで非常に効果的な修行となる。私はこれまで洞窟での修行の体験を重ねてきたが、洞窟での瞑想はとても安定した良い結果を得られることが多い。ただ、洞窟で騒いだり、失礼な態度を取ったりすることは許されないため、気をつけていただきたい。

夜に戻ると、スピリットハウスがある施設内の1人用の瞑想ができる外小屋に移動した。静かな月明かりの中で、私の一番見たくない過去の自分が現れた。目を背けたい、やり直したいほどの愚かな自分が今の自分を苦しめる。瞑想中に、自分の怖いものを見せられることがあるという。私にとっての怖いものの一つ、それは過去の愚かな自分だった。アチャンは言う「瞑想中に怖いものを見せられても、大丈夫、怖いものなんてないのだよ。木を見てお化けに見える。でも、他の人が見たらそれはただの木。木が怖いですか? 怖いものはないのですよ」。
怖いものと対峙して、私がその対象に動じなくなったら、きっと少しだけ次のステージに上がれるのだと思う。私の今の課題だ。

一人用の外小屋で瞑想する小松
次の日の朝も、タイのこれから熱くなりそうな太陽のエネルギーを感じながら小屋で一人瞑想をしていた。ふとフェンスに真っ白なリスがいた。なんだか様子を見にきてくれているようだった。なぜだか、困難も試練も修行も少しずつ乗り越えていける自分が見えた気がした。そんなタイでのひと時。なんだか成長した自分を感じた。
大地震の震源地となったミャンマー、地震に見舞われた近隣諸国、被害に合われた全ての生命の平安を、鎮魂を祈っております。